Februar 2010アーカイブ

たまには、自分や大切なヒトのために、パワポやキーノートを使ってみよう、って考えてみた。(もちろん、『ペリーの企画書』に触発されたんだけど。


で、昔作った、『完璧な夏のご提案』をアップしてみた。使ったのはキーノート。普通にマックで編集して、QTに書出し、YouTubeにアップしてみた。


こうして見ると、夏休みの予定が、とってもステキなものに見えてくる気がしません?
それに、後で見返して「ああ、あの時色んなこと考えてたんだなあ」とか「今だったらここ変えてみよう」いろいろ考えられるのもいいところかも。


その昔、システム手帳という代物があった。(ゴメンなさい、今でもありますね)


代表的ブランドはfilofax。意味もなく分厚く色んなリフィル、例えば、カレンダーや方眼紙,路線図やカードホルダ、はては電卓やステープラーまで突っ込んで、これだけ抱えて現場を飛び回るのが、業界人だった。


「これなくしたら、死んじゃうな~、オレ」なんて嘯きながら...


今、filofaxの代わりになってるのが、iPhone。デモ、その「なくしたら」の深刻さが桁違いに大きい。filofaxは自分の周りの情報でとじてるケド、iPhoneはそうじゃない。


iPhoneは小さいけれど、世界に向けて開いた窓。掛け値なしで、世界と繋がるための大切なメディア。iPhoneの情報は、内部で閉じるコトなく、外部と繋がり一体化している。クラウドという概念は、iPhoneではじめて、民衆のものになったと言っても良いはず。


さて、次に僕たちの窓になってくれるのは何だろう?Nexus one? Xperia? PSP? それともiPad?今年の春がまた少し楽しみになってきたなあ。

Mercedesはクルマではない、Mercedesである。

岡本太郎はアーティストではない、岡本太郎である。

UNIQLOはファッションではない、UNIQLOである。

そして、次郎はラーメン屋ではない、次郎である。


独自にして孤高、先達にして破壊者。個性的にして標準。こんなポジションを獲得できたブランドは幸せ。あとからフォロアーがピラミッドの頂上に押し上げてくれる。

TVやラジオの業態は、よくホテルに例えられる。


1日は24時間、しかもCMの総量規制もかかっているから、ホテルの部屋数が限られているように、売れてるからって商品は増えていかない。夏休みやお正月に予約が殺到して部屋代が高騰して、それでも部屋が取れないことがあるように、人気のある番組や時間帯には、多くのクライアントが群がっていて、大枚積んでもワクを抑えることは難しかった。


つまり、かなり一方的な売り手市場。
TV局や代理店は高収益の背景には、この市場の特殊性があった。


ところが、今回の"Great Recession"は、そんな特殊性に支えられた市場構造を大きく変えた。多くのクライアントが高コストのマスメディアからネットへと出向をシフトさせ、きっちりとした検証のないバンドワゴン現象も手伝って、マスメディアというホテルを訪れるヒトは、急激に減少してしまったのである。


こうなると、ホテル・マスメディアの経営は大変なことになってくる。


空室のままではホテルを回すことはできないから、人気のない部屋や閑散期には事実上のディスカウントもやらなきゃならないし、これまで求められたこともないアカウンタビリティも問われてくる。もともと高収益の事業に浸っていた訳だから、いきなり体質改善と言われてもやりようがない。コンサル会社になけなしの数億円を払った結果、かえって収益性を悪化させ、青息吐息になってしまった。


そして、昨年後半ぐらいから、さらに状況は悪化しつつある。


収益向上のためにうった編成・制作予算の制限は、コンテンツの陳腐化/同質化を招き、YouTubeやDSのエンタテイメントとしての充実もあいまって、経営上の根幹資産である視聴率の低減傾向を呼んでしまった。つまり経営改革に走るあまり大切な売り物の客室のメンテが追いつかなくなり、窓からの景色も悪くなって、ちっとも魅力的じゃなくなっているということ。これでは、景気が回復して客足が戻っても、泊まりたい部屋がない。せっかくホテルに泊まる気になっても、部屋を見るなり帰りたくなってしまう。気付かぬうちに、TV局の経営は自らの一番大切な競争力を手放してしまっていた。


じゃ、どうしたら良いのか?


日本より一歩早く景況が悪化していた米国のTV局では、ソープドラマや中途半端なバラエティか制作費を絞り込めるリアリティテレビにシフトし、さらにまとまった資金を、マルチウィンドウでの収益確保が狙える"24"や"CSI"のような大型コンテンツの制作に回している。つまり魅力的なコンテンツプロバイダーとしての本分に立ち戻ること。近視眼的な視聴率競争に陥るのではなく、タレントによって話題化を狙うのではなく、世界水準のエンタテイメントコンテンツの提供を目指すべきなんじゃないだろうか?


早く、日本にもBruckheimerが現れてくれないかなあ。

今、僕のiPhoneには、同じTL読んでるだけなのに、TweetMeとTweetieの2つのアプリが入ってる。


両方使ってみてて、チョット面白いコトに気がついた。この2つのアプリ、winとmacの違いみたいなのを感じるんだな。


細かいところよく出来てていろんなコトができるんだけど、あるべきところにあるべきモノがないTweetMe。一方で、できるコトが限定されてて何か物足りないんだけど、シンプルで使ってて心地いいTweetie。


もう完全に趣味の世界なんだけど、個人的にはTweetieの方が好き。あるべきところにあるべきモノがある爽快感が好きだから。幻想も含めて底を流れる思想も感じるしね。


昔、自動車の仕事をやっている時に、LexusとMercedesについても同じコトを聞いた気がする。もちろん、Lexusは色々ついてるし先進的だけどイマイチ心地良くなくて、Mercedesはあっさりし過ぎるぐらいあっさりしてるけどあるべきところにあるべきモノがあるって意味。


Tweetieみたいに、心地良い企画書やプレゼンって、出来るようになるとイイなあ。



Twitter アップデート


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