方言を話せること

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方言を話せることは、ある種の教養なのだと思う。

最近、方言を聞いていて、ハッとすることが多い。それは、方言として語られている言葉の端々に、人々の心遣いや生き方、それに歴史すらも垣間みられるから。
残念ながら、僕など、すっかり自分の方言を忘れてしまって、とても粗雑な言葉遣いになって久しいから、余計に、その驚きは大きいのかもしれない。

いろいろな言葉を寄せ集めて、平均化して、足キリして、頭を揃えて出来上がった『標準語』よりも、純粋で、ごろっとしていて、生っぽくて、なにより歴史をそのまま生かしている『方言』こそが、温かで穏やかな魅力に満ちている気がする。
そんな温かな、魅力ある言葉を扱える人々には、豊かなココロと生活に支えられた、本当の意味での教養があるような気がしてならない。

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このページは、maroが 2.04.13 12:00に書いたブログ記事です。

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