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やっぱり、いろんな人と話すと、勉強になる。


今、私たちがなさなければならないのは、
一過性のコミュニケーションではなく、エコシステムの確立であること。

そのためには、What to sayではなく、
むしろ、What to doをこそ、提案しなければならないこと。

What to doの提案には、新たな仕掛け/座組を提案できる、
アーキテクトとしてのチカラこそが、競争力となること。

すなわち、マーケティングというドメインで、
クリエイティビティとコミュニケーションを競争力に
(これをドメインにするのではなく)、
これまでとは全く異なる競合者、例えば商社や投資銀行と
戦うコトが求められていること。


最近モヤモヤしていたことが、やっとつながった。
それにしても、相変わらずチャレンジは続く...





少し前のことだけど、ブックカバーをいただいた。なぜいただいたのか、いついただいたのか、今となっては定かではないけれど、多分、何かのお祝いのお返し的なものだったのではないかと思う。


実は、おととしタブレットを手に入れてから、電子書籍とRSSのフィードを読むだけで手一杯で、単行本とか文庫本とか、実体としての本を読むことを、ついぞしていなかった。もちろん彼女はそんな様子を知っているはずだから、ブックカバーをもらったときには、なぜか唐突な感じがして、いささか驚いたのを覚えている。


持論だけど、言葉はカルシウムと同じだと思う。使えば使うほどあっという間に減ってきて、自分では創りだせない。だから、本を読んで復活させるしかない。殊に、プレゼンが続くと、あっという間に言葉は枯渇して、日常生活ですらままならなくなる。本を読むということは、すなわち本を食べて、言葉をカラダに吸収することなのだと思う。困ったことに、RSSと電子書籍では、この吸収がうまくいかないらしい。


駄文を書き連ね、プレゼンでしゃべり倒し、にもかかわらず、しばらく本をきちんと読むこともなかったのだから、最近の語彙の低下は著しかったのだと思う。だから頂いたブックカバーは、人前で話すことを生業としながら、浅学を一顧だにせず、精勤することのない僕への戒めだったのかもしれない。


おかげで、久しぶりに本を読むことになった。久しぶりゆえ、信じられない程の遅読だけど、それでも数週間前に比べれば、大進歩。そして、少しずつ、言葉を吸収しはじめている。(だから、久しぶりにブログの更新も出来たのだけど)それに、朝仕事前に少し本を読むと、それだけでも一日が違うものに見えてくる。


今度、機会があれば、僕もブックカバーをプレゼントしよう。
何か、少しでも、その人のクリエイティビティに触れるプレゼントをしよう。

離れれば、離れるほど、対象の本質が見えてくる。全体を俯瞰するコトで、細部へのこだわりが、それぞれ響き合い、意味を持って迫ってくる。

やっぱり、モネってすごい。

印象派を卒業した後の彼の作品には、確かな技術に裏打ちされた、細部への鋭い視線と、全体の統合と調和への、明確で強いビジョンがある。


戦略構築やプランニング、プレゼンテーションだって、みんな同じ。

細部に凝らされた工夫と配慮は、全体を貫く文脈とメッセージによって統合されてこそ、意味を持ってくる。逆にいえば、全体文脈とメッセージに欠ける細部へのこだわりは、そこに費やした時間に反してほとんど価値を持たないだろう。


統合化された細部。緻密に支えられたビジョン。
追求すべき高みは、まだまだ先にある。


飲食店にとって大切なのはまずはハコ。経営のためには、回転率や席数とか、収益性の基本はここで決まる。次に料理。ソフトウェアは付加価値の基盤となる。そして、最後に不可欠なのはヒト。そこにいるスタッフの質は、リピーター率を左右する。

これって、どんな業界でも言えること。わかりやすい所で言えば、エアラインや保険業界もそう。だけど、僕たちの業界でも、やっぱり当てはまるはず。

「何を語るかではなくて、誰が語るかがもっと大切。」もっともっと、頑張んなくては。



Dearest my colleagues outside Japan,

Please do not directly follow briefs delivered from Japanese companies especially written by Japanese staffs.

As far as I experienced, they always are not expecting you to follow their own briefs. Many of the cases, they would like to have your proposals go beyond their original briefs.

I can easily imagine it would be thoroughly embarrassing and somehow frustrating situation because it's far different from western way of briefings.

But remember, we Japanese are living in extremely high-context society. In this high-context society, we are accustomed to read between the lines and perceive their hidden intensions and situations.

Moreover, for choosing agencies, they tend to act based not only on the proposal itself but on the deep understandings of their hidden intentions: strategies. I dare to say, they are examining your ability to go with them not as a creative or media vender but as the strategic partner.

Of course you have a right to say NO to this kind of way on briefings and proposals. But if you do so, you would never get any accounts from Japanese clients. In addition, you are loosing your chance to develop your competitiveness as the strategic partner agency.

Our business is changing. I believe our business in changing from merely a CR and media vender to strategic marketing solution provider. We have to revitalize ourselves as the strategic partner of our clients in the era of "big idea", "social media", "big data" and "engagement design".

I heartily looking forward to having a chance with you to develop our global competitiveness as the agency of the next generation.


Yours sincerely,

A colleague in Japan


東京からサンパウロまでは、ルートにもよるけど、おおよそ30時間弱。

確かに、長いし疲れるけど、一つ良いことは、丸一日以上、電話の無いところで、考える時間があるってこと。

仕事のこと、会社のこと、友達のこと、大切なヒトのこと、これからのこと。まとまって考えることで、少しは整理して捉えられるようになる。

そして気付くのは、普段とっても思い込みや当てずっぽうで走ってること、あれだけ口にしてるのにインサイトなしの独りよがりで判断してること。その一方で、やっぱり大切だと思えるいくつかのこと。

でも、まだまだ、時間が足りない。反省ばかりで、何一つ結論なんか出ない。数日こっちで頑張ったら、今度は帰国便。眠いの我慢して、続きを考えよう。








その昔(1993年)、TED 4という会議が神戸であり、当時勤めていた会社を説得して数日間神戸で過ごしたことがある。

TEDとは、Technorogy/Entertatinment/Designのこと。この3つの要素を組み合わせの先にこそ、ITやNetのビジネスの未来があるという信念のもと、リチャード・ソール・ワーマンの呼びかけで開催されていた。

TEDそのものは形を変えながら今でも続いているが、当時は、まだインターネットはようやく実験室を出たばかりで、Smart PhoneなんてまだSFの中の話(iモードが導入されたのは1999年)。そんな時代に、ウォズアニックのビジョンや、パロアルト研究所が提唱する電子新聞の姿、世界で初めて行われたネットを通じたジャズセッション(ハービーハンコックと小曽根誠)等々、掛け値無しで「人生を変えてしまう」ほどの衝撃だった。

あれから、もう二十年近くが立った今、Social Media時代のマーケティングにおいて、そのコミュニケーション表現や手法のみならず、トラッキングやKPIのモニタリングに、やはりTechnorogy / Entertainment / Designの3要素が、強く求められているのに驚く。

我々のプレゼンに、もはや、技術とデザイン開発の要素が含まれないことはない。キャンペーン提案しかし、調査(もはや調査とは言えないのかもしれないけれど)もしかり、常に新しい技術と、それを直感的に理解してもらうためのデザイン、そしてディスカッションと時に笑いを引き出すエンタテインメントが、常に必要になってきてる。

エージェンシーのソリューション部隊からは、知ったようなカオをしたプロデューサーやリサーチャーには退場してもらうべき時なのかもしれない。今求められているのは、TEDのコンセプトを実現できるアカルい技術者と、それをプロモートできるハッカーなマネージャー。

うーん、まだまだ、チャレンジは続く。



久しぶりに社外の方のプレゼンの講評を行わせて頂いた。

そこで気付いたのだけど、想像している以上に、顧客発想に立つことは難しいみたい。

Marketing 3.0の話を持ち出すまでもなく、ソーシャルメディアでのつながりがかつてないほど強くなっている今、ターゲットクラスターは、もはやデモグラで切れるものではなく、共通の問題意識や興味を持ったインテンションで切らなければならなくなっている。

さらに、ほとんど全ての消費財がコモディティ化してしまい、改めて、顕在化しているニーズではなく、インテンションの文脈上にあるウォンツこそが重要性を増している。

そんな中、マーケターに最も強く求められるのは、市場と会話する力のはず。インテンションを感じ取り、場合によってはグループに身をおいて、絶えず刺激を発信しながらグループのウォンツを探り出すこと。それこそが、今マーケターにに求められる力だと思う。


マーケター達よ、野に出でよ。
pptやxlsの上にではなく、会話にこそ、信じられる何かを見つけ出せ。




「日本の報道は真実を伝えてない」米国に住む複数の友人からそう言われて、CNNとDeutche Welle、BBCを見比べてみた。

あくまで僕の感想だけど、確かに日本の報道はシュアではないけど、その一方で米国やドイツの報道がフェアだとは感じなかった。

今の時点では、客観的に判断できる程の情報は誰も持ち得ていないし、状況の読み取りは、(程度の差こそあれ)どうしても主観に左右される。そして、その主観の背景には、各国の記者たちやひいては聴きてである国民の信条みたいなものが深く絡んでくる。

米国やドイツの報道の過剰とも思える危険性強調の背景には、政府や大企業のごまかしを暴き、広く情報を公開することこそが使命なのだという、彼らの信条があるのだと思う。

その一方で、日本の記者たちの信条には、企業や政府との対決、という軸ではなくて、むしろ「現場への無制限の信頼」みたいなものがある気がした。

僕自身も、申し訳ないけど偉い方がTVの前で話す言葉には、ほとんど信頼を感じられなかったけれど、でも、瓦礫だらけの現場で、言うこときかない設備をなだめすかしながら、命はって温度を下げようと闘っている人達の、そのひたむきさと努力には、顔も名前も知らないのに圧倒的な信頼を寄せている。

この、コミュニティのために闘う「現場のひたむきさを信じる力」と、同時に自分自身がその立場になった時に「ひたむきに努力する」はずという矜恃こそが、日本が日本人として世界に誇れるアイデンティティなんだと思う。

そんなコミュニティに対しての真摯さがあるからこそ、避難所や配給での助け合い、帰宅難民時の助け合いが可能だし、原発事象に対してのエキセントリックに反応しないんじゃないだろうか。

日本は、コミュニティに対しての真摯さとひたむきさに支えられた『正義のコミュニティ』の国なんだと思う。そしてそれは、皮肉なことに米国の最高学府で、サンデル先生が説いている理想のコミュニティの姿にも重なる。

落ち着いたら、久しぶりに『ラストサムライ』観てみよう。それに、『菊と刀』も読み直したいし。



余談だけど、結局、一番客観的で論理的なのはBBC(英)だと思った。さすが、COMMON SENCEの国!

ふと、気が付くと、
ドイツから帰国して10年経ってた。


10年前の、帰国したばかりの時の、
あの時の自分の気持ちを考えると、
今でも、胸が潰れる気がしてしまう。


あれからたった10年だけど、その間に、
会社も変わり、仕事も変わり、住所も変わり、
本当に色んなことがあった。


でも、今、こんなにgemütlichでいられるのは、
キットそう、そこのアナタ、あなたのおかげです。


ココロからありがとう。これからもよろしくです。